せっかく用意したごはんを、子どもがほとんど食べない日があります。
昨日は食べたものを今日は嫌がる。ひと口も食べずに席を立つ。おなかが空いているはずなのに、白いごはんだけで「もういらない」と言う。
以前は、何とか食べてもらおうとして、食卓の時間が親子とも苦しくなっていました。
今も悩む日はありますが、食べさせるために頑張りすぎるのを少しずつやめています。わが家で手放したことをまとめました。
「あとひと口」を何度も言わない
食べた量が少ないと、「あとひと口だけ」と言いたくなります。
一度で終わればよいのですが、ひと口食べると「もうひと口」、それを食べると「野菜も少し」と続いていました。
今は、食べるかどうかを子どもに任せます。食事を用意するのは大人、どれをどのくらい食べるかは子ども。そう分けて考えると、毎回説得しなくてよくなりました。
苦手なものを隠しすぎない
野菜を細かく刻み、好きなものへ混ぜ込んでいた時期があります。
食べてくれるとうれしい一方で、見つかると料理そのものを警戒するようになりました。
今は、混ぜる場合も「今日はにんじんが入っているよ」と伝えます。食べなくても、小さく切ったものをお皿の端へ置き、見るだけ、触るだけの日があってもよいことにしています。
毎回、別の料理を作らない
出したものを嫌がるたびに、別の料理を作っていたことがあります。
けれど、何を出しても断られる日はあります。作り直すほど、食べてもらえないことへの焦りも大きくなりました。
今は、食卓に一つは食べ慣れたものを用意し、それ以上は作り直しません。白いごはん、豆腐、果物など、安心して食べられるものがあれば十分と考えます。
一食だけで栄養を整えようとしない
夕食で野菜を食べないと、その一食でどうにか補いたくなります。
でも、朝に果物を食べた日もあれば、昼に具だくさんのお味噌汁を飲んだ日もあります。数日分を振り返ると、思っていたよりいろいろなものを口にしていることがあります。
一皿を完璧にするより、食べられる機会を何度か作る。そう考えると、夕食だけに責任を背負わせずに済みます。

食べた量を比べない
同じ年齢の子がよく食べると聞くと、わが子の量が気になることがあります。
きょうだいでも、食べる速さや好きなものは違います。昨日の自分と比べても、体調や運動量によって食欲は変わります。
誰かの「普通の量」ではなく、その日の子どもの様子を見るようにしています。元気があるか、水分は取れているか、何日も食べられない状態が続いていないか。量以外のことも一緒に見ます。
食卓を長引かせない
いつか食べるかもしれないと思い、長い時間座らせていたことがあります。
けれど、親は何度も声をかけ、子どもは席を離れたくなり、最後はお互いに疲れてしまいます。
今は、家族が食べ終わるころを一区切りにします。食べないことを責めず、「ごちそうさまにする?」と確認して片づけます。
おなかが空いたときの約束を決める
夕食を食べなかったあと、寝る前に「おなかが空いた」と言う日もあります。
そのたびにお菓子や別の料理を出すのではなく、わが家では、おにぎり、バナナ、温かい牛乳などから選びます。
特別な夜食ではなく、すぐ用意できて食事に近いもの。選択肢を決めておくと、親も迷いにくくなります。
楽しく食べさせようと頑張りすぎない
食材をかわいい形に切ったり、物語を作って口へ運んだり。余裕がある日は、それも楽しい時間です。
でも毎食続けようとすると、大人が疲れてしまいます。普通に盛りつけたごはんを、普通に出す日があってよいと思います。
食卓の楽しさは、子どもを楽しませ続けることではなく、一緒に座って安心して過ごせることなのかもしれません。
食べなかった自分の料理を否定しない
子どもが食べないと、「作り方が悪かったのかな」と落ち込むことがあります。
けれど、子どもの食欲と、料理を用意した自分の頑張りは別のものです。
食べなかったとしても、献立を考え、用意し、食卓へ並べたことはなくなりません。残ったものは大人が食べる、翌日に回す、無理なら手放す。それで終わりにします。
食べることを、親子の勝負にしない
子どもに食べてほしいと思うのは、元気に育ってほしいからです。
だからこそ、食べた、食べなかっただけで一喜一憂しすぎず、長い目で見ていきたいと思います。
今日は白いごはんだけだった。昨日はお味噌汁の野菜を食べた。明日は初めてのものを少し舐めるかもしれない。
食卓は毎日続きます。一食を成功させることより、親子がまた次の食事を迎えられることを大切にしたいと思っています。