休日が近づくと、「子どものためにどこかへ連れていかなければ」と考えることがあります。
公園、イベント、買い物。予定がある日は楽しい一方、準備や移動で親が疲れ、帰宅後の家事まで慌ただしくなることもあります。
最近は、あえて予定を入れない休日も、家族に必要な時間だと思うようになりました。
何もしない休日にも、小さな楽しみはある
遠くへ出かけなくても、朝ごはんをゆっくり食べる、いつもより長く絵本を読む、一緒におやつを作る。平日には急いで終わらせることを、少し丁寧にできます。

子どもに「今日は何したい?」と聞くと、大きな予定ではなく、家のおもちゃで遊びたいと答えることもあります。
大人が思う特別な体験と、子どもが望む楽しい時間は、必ずしも同じではないのかもしれません。
朝から一日の予定を埋めない
予定のない日でも、「午前中はこれをして、午後はこれをして」と埋めたくなります。
けれど、何時までに終える必要のない日くらい、子どもの遊びが続くのを待ってみます。途中で別のことへ移っても、元に戻っても、急かしません。
親も一日中遊び相手になろうとせず、「今はコーヒーを飲むね」「少し本を読むね」と自分の時間を取ります。同じ部屋で別々のことをして過ごす時間も、家族の休日です。
家の中で場所を少し変える
一日中家にいると気分が停滞するときは、場所だけを変えます。
リビングにシートを敷いてお昼ごはんを食べる。窓辺でお絵描きをする。お風呂場で少量の水遊びをする。いつもの家でも、過ごす場所が変わると小さなイベントになります。
特別な道具を買わず、準備と片づけに時間がかからないものを選びます。
少しだけ外の空気を吸う
出かけないと決めた日も、ずっと室内にいる必要はありません。
ごみを出すついでに家の周りを歩く、ベランダで空を見る、近所へ飲み物を買いに行く。目的のない短い外出なら、荷物も計画もほとんどいりません。
帰りたくないと言われそうな日は、出る前に「家の周りを一周したら戻ろう」と伝えます。
家事を全部終える日にしない
家にいると、洗濯や片づけが目に入り、休日が家事の日になりがちです。
最低限の洗濯と食事だけにして、普段できない場所の掃除まで始めない。家事をする場合も、子どもが遊んでいる間に短時間で終わるものを一つ選びます。
家族で休むために予定を入れなかったのに、親だけが働き続けていたら、休息にはなりません。
食事もイベントにしすぎない
休日だからと特別な昼食を用意しようとすると、作る人の負担が増えます。
おにぎり、サンドイッチ、前日の残りものでも、床にシートを敷いて食べれば少し違う時間になります。子どもと作る場合も、パンを並べる、果物を皿へ移すなど、片づけまで含めて無理のないことだけにします。
退屈そうでも、すぐに楽しませようとしない
子どもが「つまらない」と言うと、親は遊びを提案したくなります。でも、何をするか自分で考えるまでの時間も必要かもしれません。
「何かしようか」と次々に出す代わりに、紙と色鉛筆、積み木、絵本など、すぐ手に取れるものを少しだけ置きます。何も選ばなければ、親は自分のことをしながら待ちます。
しばらくごろごろしたあと、突然遊びが始まることもあります。退屈をすぐ埋めないことで、家にあるものから遊びを見つける姿が見られました。
SNSの休日と比べない
楽しそうなおでかけの写真を見ると、家にいる一日が地味に感じることがあります。
けれど、写真に写る一瞬だけでは、準備や移動、帰宅後の疲れまでは分かりません。ほかの家庭の休日を否定する必要も、自分たちの一日を小さく見る必要もありません。
今日は休む日と決めたら、外から見える充実より、家族の体力が戻ったかどうかを大切にします。
「何もできなかった」と数えない
夕方になると、写真に残るようなことを何もしていないと感じる日があります。
でも、子どもの話を途中で遮らずに聞けた。みんなで昼寝をした。冷蔵庫にあるものでごはんを食べた。それも、その日にできた大切なことです。
休日の価値は、行った場所の数では決まりません。
予定がないから生まれる余白の中で、家族それぞれが少しゆるむ。翌週を元気に始めるためにも、何もしない休日を堂々と選んでいいと思っています。
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