保育園では自分で着替えている。使ったものを片づけている。お昼寝も、みんなと一緒にできている。
先生から園での様子を聞き、「そんなことまでできるんだ」と驚く一方、家ではまったくしようとしない姿に戸惑うことがあります。
家でもできるはずなのに。園ではしているのに。そう思うと、つい「保育園ではできるんでしょう」と言いたくなります。
でも最近は、園と家で姿が違うことを、できる・できないだけで比べないようにしています。
保育園と家では、環境がまったく違う

保育園には一日の流れがあり、先生の声かけがあり、同じことをする友だちがいます。
着替える場所や片づける場所も決まっていて、毎日の繰り返しの中で、次に何をするかが分かりやすくなっています。
家では、おもちゃも家族も近くにいて、過ごし方の自由度が高くなります。園と同じ行動が出ないのは、能力がなくなったからではなく、場面から受け取る合図が違うからかもしれません。
家は頑張らなくてもよい場所なのかもしれない
子どもなりに、園では周囲を見ながらたくさん頑張っています。
家に帰って安心すると、「やって」「抱っこして」と甘えたくなる日もあります。それを成長の後退と捉えるのではなく、力を抜ける場所があると考えるようになりました。
大人も、仕事中にはできることを家では後回しにすることがあります。子どもだけに、どこでも同じ姿を求めなくていいのだと思います。
「できるでしょう」より、今の困りごとを見る
自分で着替えられることを知っていても、今日は疲れているかもしれません。片づけ方が分からないのではなく、遊びを終える気持ちになれていないのかもしれません。
「園ではできるよね」ではなく、「どこが難しい?」「一つだけ一緒にやる?」と聞くと、今必要な助けが見えやすくなります。
全部代わりにするのではなく、服を広げておく、片方だけ手伝う、おもちゃ箱を近くへ持ってくる。最初の一歩を小さくすると動けることがあります。
園の方法をそのまま家へ持ち込まない
先生に、園ではどんな声をかけ、どんな順番で行っているのかを聞くのは参考になります。
ただし、大勢で過ごす園と、一対一になりやすい家庭では条件が違います。園の方法を再現できないからといって、家庭のやり方が間違っているわけではありません。
使えそうな部分だけを借り、家族に合う形へ変えます。写真やイラストで手順を見せる、置き場所を分かりやすくするなど、叱らなくても動きやすい環境をつくることもできます。
できたことを証明させない
園で一度できたことが、毎回ひとりでできるとは限りません。
成長は、できる状態と助けが必要な状態を行き来しながら進みます。「できるところを見せて」と求めるより、今日はどこまでならできそうかを見るようにしています。
家でできた日は大げさに評価するより、「自分で服を選んだね」「箱まで運べたね」と、したことをそのまま言葉にします。
先生の言葉をプレッシャーに変えない
先生から「今日は全部自分でできました」と聞くとうれしくなります。けれど、その報告を帰宅後すぐに「じゃあ家でもやって」と使わないようにしています。
園での頑張りは、その場で十分に価値があります。家で同じことを求める代わりに、「そんなこともできるようになったんだね」と成長を喜びます。本人が話したくなさそうなら、詳しく聞き出さずに終えます。
家で練習したいことは一つだけにする
着替えも片づけも食事も、すべて自分でしてほしいと思うと、毎日の声かけが増えます。
今月は靴をそろえる、朝はズボンだけ自分ではく、というように一つに絞ります。できない日は手伝い、余裕のある日にまた試します。家庭が常に練習の場になると、親子ともに休めません。
もし家でも園でも生活に強い困りごとが続く場合は、家庭だけで抱えず先生に様子を聞きます。園と家庭の見え方を持ち寄ることで、その子に必要な助けを考えやすくなります。
家と園の姿を合わせなくていい
保育園ではできるのに家ではしない。それは矛盾ではなく、子どもが場所に合わせて過ごしている証拠なのかもしれません。
家で甘える時間があるから、外で頑張れることもあります。
園でできていることは、家で急いで再現させるための材料ではなく、その子の中に育っている力を知る手がかり。そう考えると、比べて焦る気持ちが少し軽くなりました。
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